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2015年 03月 28日

1日8時間、練習したこともあったねぇ。

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なんか今日の夕方、ふとこんなこと考えていた。

「まずやらなきゃいけないことは単純に自分の演奏技術を磨くことじゃないのか。
ジャズファンじゃない人たちにも聴いてほしいとか、ジャズファンを増やすためとか
いろいろごたく並べて中途半端に歩み寄ったところで肝心の演奏がいまいちなら誰も聴いてくれない。
ごちゃごちゃ言う前にもっと練習しろって!
カッコよくて上手くって真っ直ぐジャズしていれば聴く人は増えていくって。」

理想主義者で申し訳ないです・・・。


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by kiyoshi-kitagawa | 2015-03-28 12:01 | thought
2015年 03月 24日

ベーシストもしなやかでないと・・・。





考えてみたらしなやかさが求められるのはドラマーだけじゃないんよね。
そう、もちろんベースにもしなやかさは必要。
リズムのしなやかさと音のしなやかさは僕の考えるベーシストの二大絶対必要条件、
毎日毎日練習するのはこの二つを得たいがためみたいなもんだね。

しなやかなリズムと音を作り出すためにはやはりしっかりした左手を作ることが重要。
最近レッスンやなにかで若いベーシストたちにアドバイスできるチャンスがあるときには
必ず「左手が大事やで〜!」と口を酸っぱくして言うております。
幸い左手鍛錬の練習方法は数々あるのでそれを毎日の練習に組み込んで
丁寧にやりさえすれば、日を追うごとに音が変わっていくのが実感できると思う。

あのベースの太い弦を楽に押さえることができるようになれば楽器全体が豊かに鳴り
そうすれば自ずと出てくる音に弾力が生まれ、その弾力のある音が柔軟なリズムを作り出す、
まぁ、簡単に言えばそういうことかな。

しなやかなベーシストはたくさんいますがその代表は誰がなんと言ってもPaul ChambersとRon Carter。
二人ともMilesのバンドでたくさんの録音を残しているけれど、例えばPCが入っているRed GarlandやWynton Kellyの
トリオのアルバムなんかを聴くとそのしなやかなウォーキングベースがより一層ダイレクトに耳に飛び込んできて
夢心地に浸れること間違いなし。

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by kiyoshi-kitagawa | 2015-03-24 20:15 | thought
2015年 03月 21日

Brian Bladeのしなやかさはやっぱ全然ちゃうねん!



「しなやかな」ドラマーの代表、Brian Blade、
この流れるような身体の動き、そしてここぞという時の瞬発力、もうアンビリバボ〜!です。
叩き出すビートがもう超〜しなやか。音の良さも相まって目も耳も釘付けになります。
ちなみに、Brianはリハーサルスタジオのどんなしょうもないドラムセットを叩いても
普段通りにしなやかで力強いドラミングです。

なんでこんなに弾力があるんだろう、ホントに不思議だ。
まぁ、彼の場合は天才の一言で片付けるのもありかなと・・・。

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by kiyoshi-kitagawa | 2015-03-21 08:11 | thought
2015年 03月 10日

ベテランベーシストと浦島太郎の関係

昨年のいつだったか覚えていないが、コンサートかライブの紹介文に
"a veteran bassist, Kiyoshi Kitagawa"と書かれてあるのを見て軽く不思議な思いがした。
自分ではまったく意識しなかったけれどもどうやら僕はもうベテランと呼ばれる域に達したようだ。
大阪でプロ活動を始めたのが関学在学中の19歳、そのままNYに渡る29歳まで
関西でまぁまぁ売れっ子ベーシストとして活動、そして渡米後もまぁまぁ売れっ子ベーシストとして
活動し今に至る、ということなんだけれど、そんな僕ももう56歳、キャリアからいっても
ベテランと呼ばれてもおかしくはないかもしれない。

浦島太郎は子供たちにいじめられていた亀を助けたお礼に竜宮城に招待され、歓待を受けた。
毎夜繰り広げられる宴に時の経つのも忘れて多いにエンジョイし、
帰るときにはお土産として大きな玉手箱なんかももらって
気分はルンルン、さてさて中には何が入ってるのかなぁ、と興味津々
開けてみると、中からモクモクと白い煙が立ち上り
太郎くん、いきなり白髪頭のじいさんに大変身しちゃった。
竜宮城で過ごした夢のような数日間は実際には数十年という長いものだったというお話。

もちろんこれはみんなよく知っている話だが、
僕は個人的にこの寓話(なにが教訓なのかいまひとつよくわからないのだが)に親近感を覚える。

NYに来たのが30歳(正確には29歳10ヶ月)、今もって気持ち的には当時となんら変わることはない。
日々の生活で自分の年齢を意識させられる場面が少ないので
極端に言えば56歳になった今も来た当時の30歳のままのような感覚がある。

こちらではみんなファーストネームで、それも年上であっても呼び捨て、
もちろん会話の中に尊敬語や謙譲語なんて使うわけもなく、
例えば僕の子供(僕には子供はいないが・・・)の歳くらいのミュージシャンからでも
"Hey Kiyoshi! What's up, bro?! Hey listen, I got a gig tomorrow. You wanna do it? No?
Oh, c'mon, man!"なんて言われたりする。
もちろん僕もそれなりのキャリアを積んでいるのできちんとリスペクトをもって
対応してくれるミュージシャンたちもいるが、基本的にはこんな感じだ。
これでどうやって自分の年齢を意識することができる???
ちなみにいつも一緒に演奏しているピアノのケニーバロン、彼は若いミュージシャンたちから
「Mr. Barron」と呼ばれるのが好きじゃないと言う。
理由は「自分が歳とったじいさんみたいに思えるから」だそうだ。

そんな僕も日本へ帰るたびに自分が着実に歳とっていってることを意識させられる。
日本ではとても当たり前のことだが、年上の人の名前を呼び捨てにすることはまずない。
「さん」付けは当然のこと、会話の中では見事に敬語がちりばめられ自分とその相手との
年齢関係が明確にされる。
日本滞在中は自分が「56歳の初老ベテランベーシスト」ということを否が応でも
意識させられて、ケニーバロンじゃないけど「歳とったじいさん」みたいな感覚になる。

NYが生活の場所なわけだから決してNYが「竜宮城」ではないんだけれど、
言葉や文化の違いが自分本来の日本人の感覚を狂わせて
知らず知らずのうちに浦島太郎くん状態になっているのかもしれない。

最後に一言、NYの呼び捨て文化も日本の敬語文化も両方ともいいものだと思っています。

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by kiyoshi-kitagawa | 2015-03-10 08:29 | thought